トップニュース日本海新聞コラム「アートと地域」⑤相馬千秋さん
日本海新聞コラム「アートと地域」⑤相馬千秋さん

連載コラム「アートと地域」の5回目。

先日、鳥の劇場で開催された芸術学校で講師を務めてくださったアートプロデューサーの相馬千秋さんにご寄稿いただきました。

今後、全国のアーティスト・イン・レジデンス(AIR)が直面するであろうアートの公共性の評価について言及してくださっています。

12月7日(日)の日本海新聞(朝刊)8面に掲載されました。

コラム記事

『芸術の公共性 実践の場』

「藝住」という造語を掲げた新しいフェスティバルの招きを受け、はじめて鳥取を訪れた。案内された場所は、人口減少や建物の老朽化などの理由によって空き家となった学校、病院、国鉄の寮、麦わら帽子の工場など。空き家問題が深刻化する地方都市にはありふれた物件だ。だがそこには、何らかの偶然や必然に導かれてその場所に「住まう」ことになった人たちがいた。里帰りしたアーティスト、地元の地域活動の担い手など、動機やきっかけは様々であるが、そこでは強い意志と緩やかな繋がりによって支えられた、あらたな時間が確かに流れていた。

今日、日本全国でアーティスト・イン・レジデンス(AIR)と呼ばれる拠点が各地に誕生している。自治体が設置し管理運営するものから、個人が自宅にアーティストを招く私的なものまで、その規模や形態は様々だ。滞在制作の成果として、世界的アーティストがその場でしか成立しない作品を残していくケースもあれば、アーティストがそこで生活すること自体を目的とするものもある。

また鳥取が誇る「鳥の劇場」のように、アーティスト・ランの劇場が海外との共同制作のためにレジデンス事業を併設する場合もあろう。今、鳥取藝住祭が仕掛けようとしているのは、こうした異なるAIRのイニシアティブを相互に繋げ、可視化し、それぞれの問題意識や課題をシェアし、鳥取において「住まうこと」と「アート」のあらたな関係性を再定義しようとする試みである。

AIRでは「住まい、つくる」行為自体が直接的に利益を生み出すことはない。よってその多くは公的資金によって支えられている。ではその裏付けとなる公共性をいかに立証し、いかなる評価軸でその成果を図ることが可能なのか。今後、鳥取藝住祭に限らず、日本のAIRが直面する課題はそこにある。筆者が考えるに、個人に立脚した芸術が持ちうる公共性というものは、本来、その地域、その共同体によって異なってしかるべきものではないだろうか。

大上段から「アート」を語るのではなく、個別の共同体がもつ固有の文脈や社会的課題から、その共同体における「アート」と公共の関係性を定義し、更新し続けること。鳥取藝住祭が、鳥取という固有の地における芸術の公共性を熟考し実践する場となり、日本におけるAIRの先駆的取組となることを期待したい。

(相馬千秋|アートプロデューサー)